子どものころ、和歌山の実家で山羊を飼っていた。私は山羊の乳で育ったので、乳母は山羊ということになる。ある朝、小屋の中で飼っていた2頭の山羊が殺されていた。首の急所を噛まれた痕だけが残っており、山羊を食った形跡はなかった。何時も餌をやっていた山羊が殺されたのがショックだったのか、今でもその姿を覚えている。野犬の仕業だろうということになった。
カナダにいたとき、コヨーテの話しを聞いた。コヨーテは食べるためでなく、遊び感覚で羊などを襲うそうだ。一般に野生動物は自分が生きるために必要な動物しか殺さないと言われるが例外もあるようだ。コヨーテは適応能力が高く、野犬のように都会にも住んでいる。動物も知能が高くなると、色々なことを始める。人間も必要以上に物やお金を欲しがる。
カナダにいたとき、コヨーテの話しを聞いた。コヨーテは食べるためでなく、遊び感覚で羊などを襲うそうだ。一般に野生動物は自分が生きるために必要な動物しか殺さないと言われるが例外もあるようだ。コヨーテは適応能力が高く、野犬のように都会にも住んでいる。動物も知能が高くなると、色々なことを始める。人間も必要以上に物やお金を欲しがる。
by ecoism-toshi
| 2005-11-12 09:29
| 旅の記憶